2009年8月23日 10:06
世界中のボルトアーム
2009年8月21日 20:01
私はベルリーノ(Ich Bin Ein Berlino)
昨日、ボルトは世界記録を出せる気がしないと言っていましたが、いとも軽くやってのけました。

この日、ボルトは、"Ich Bin Ein Berlino"(「私はベルリーノ」)と書かれたTシャツを着てトラックに現れました。これは言うまでもなく、故ジョン・F・ケネディの "Ich Bin Ein Berliner"(「私はベルリン市民」)という言葉に敬意を表しつつも、ひとひねり加えたものです(私もある理由からあのマスコットが好きです)。
何も言わずにカメラの前に立ち、その文字が見やすいようにシャツを引っ張りながら、「僕は陸上界の、そして世界中のアスリートにとってのマスコットなんだ」と力強く言いました。
舞台は整いました。

ボルトは、笑みを浮かべておどけながら、隣のレーンのスピアーモンにパンチをする真似をし、カメラや観客に向かって大げさに表情を作ってみせました。準備はできていました。
スタジアムは満員で、フラッシュがまばゆいばかりにたかれ、熱気は最高潮に達しました。やがて選手たちがコースに立ち、その中央でボルトはただ微笑みながらリラックスしています。
8名がスターティングブロックにつきました。1回目のスタートは、フライングでやり直し。ボルトは少しも動じることなく笑みを浮かべました。重ね着した2枚のシャツを引っ張り、リラックスした様子で鮮やかなオレンジのプーマ ヤームをスターティングブロックに合わせます。
スタートの号砲が鳴りました。ボルトは最高のスタートを切りました。コーナーを回ったときには、すでに独走状態ですが、スピードを緩めません。顔を横に向け他の選手を見ることもなく、ただ一心にフィニッシュラインを目指します。

ラインを越えたボルトは時計に目を遣りました。19秒20の世界新記録。ボルトはかがみこみ、祈りのポーズを取って自らを祝福すると、数歩歩いてからトラックに倒れ込みました。その姿は、群がるカメラマンの中に消えました。レースをゆっくり振りかえる暇もありません。
ボルトは19秒19の公式タイムが表示された時計の隣でポーズを取りました。
そして、ベルリーノの姿を見つけました。

一緒に少し走ってから、2人そろってカメラの前でいつものポーズをとり、軽くダンスを踊りました。
こうしてボルトは伝説となりました。この競技のマスコット、世界中のアスリートにとってのインスピレーション、一国の誇りとなり、幸運にも彼の走りを目撃した人すべてに純粋な喜びをもたらしたのです。
今のボルトを祝福するには、「おめでとう」のひと言だけでは言い尽くせません。
2009年8月21日 09:46
19秒19 200M世界新記録
2009年8月20日 13:57
ボルトアーム その2
2009年8月20日 09:01
ベルリン最新情報
驚くことは何ひとつありません。ボルトは18日午前(現地時間)、200 mの1次予選を20秒70のタイムで突破しました。
ボルトが100 mで優勝したとき、スタジアムで「ボルトアーム」をあまり見かけなかったのはなぜなのかとしきりに訊かれました。その理由を説明しましょう。

プーマは「ボルトアーム」をベルリンでプレゼント用に用意し、ベルリンのショップで特定の商品を購入した人に無料で差し上げています。
16日にオリンピックスタジアムで入場を待っているとき、ボルトアームを身につけた10歳の少年がいました。しかし、セキュリティーチェックの際、彼はアームを没収されてしまいました。少年は困惑し、父親は怒っていました(少年が見るからにショックを受けていたため、彼の写真を撮ることはできませんでした)。

続いて、アームを身につけた一団も締め出されてしまいました。本当のことです。スタジアムの入り口には、捨てられた黄色いアームが山積みになりました。そこで彼らは考えました。アームをズボンの下にしまいこんでいる右の写真の男性は、念のため顔に目隠しを入れるという条件で撮影を許してくれました。明らかにこの状況を楽しんでいます。
どうしてボルトアームが持ち込み禁止になったかはわかりませんが、詳細は後にわかるでしょう。
今後、多くの人がボルトアームを身につけられる日が来るのでしょうか?
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2009年8月18日 20:35
世界最高のレース
ベルリンの晴れわたった夏の一夜、7万5千人の観客が歴史的瞬間をひと目見ようと集まりました。色鮮やかなジャマイカカラーが見え隠れする観客席は、大観衆の熱気で溢れかえっていました。ボルトは、同じジャマイカのアサファ・パウエルとふざけあい、カメラの前でおどけたあと、ジャンプして、体を伸ばしました。独特のリラックスした様子で、ボルトは伝説の男となるべくスタートラインにつき、スタートの合図を待ちました。
鮮やかなオレンジのプーマシューズを履いたボルトをはじめとする8人の男がスターティングブロックに足をかけると、全観客が息を呑み、場内は静寂に包まれました。
スタートの号砲が鳴り響きました。
9.58秒後、ボルトはフィニッシュラインを越え、時計に世界新記録が表示されると、観客は沸きかえり、世界最速の男は鳥が舞うように両腕を広げました。
ボルトに不可能なことは飛ぶことくらいでしょう。
フィニッシュラインを越えるまで歓喜を抑えて走り切ったボルトは、速さの定義を書き換えました。世界記録を更新し、タイソン・ゲイとの誰もが待ち望んだ対決を、ひとり舞台へと変えたのです。

ボルトは観客席の両親の元へ駆け寄り、満面の笑みを浮かべる母親と抱き合いました。パウエルとダンスを踊ったり、カメラの前でポーズを取ったり、(大会マスコットの)ベルリーノとハイタッチを交わしたりするその姿は喜びに満ち溢れていました。
今となってはボルトの敵は、時計だけのようです。ボルトが本気を出せば、時計でさえも敵わないかもしれません。「世界記録のために走っているわけではない」と本人は言っていますが、記録がボルトの真価を見出し、彼の偉業を定義する役割を果たします。ボルトはもっと速く走れると考えており、「9秒4で走れると言ったことは覚えている。先のことはわからないけど、自分はトレーニングを続けるだけだよ」と笑顔で語りました。
まだあの瞬間の余韻が残るなか、ボルトはすでに200 mの決勝(20日)と4 × 100 mリレー(22日)のことを考えています。
あと2回、大興奮のレースを目撃できるのは間違いないでしょう。そして、さらなる世界記録が打ち立てられる瞬間を目にすることはできるのでしょうか。



ボルトは余裕の走りを見せ、20秒08のタイムで準決勝を突破しました。








