2009年11月19日 15:07
グリーナー紙がボルトをマン・オブ・ザ・イヤーに選出
ウサイン・ボルトは、さまざまな形で稲妻を2度落としたように思えます。ボルトは100 m の世界記録を2008年の北京で破り、翌年の2009年には、ドイツのベルリンで開催された世界陸上で再び記録を塗り替えました。
200 m の世界記録も、2008年の北京と2009年のベルリンで塗り替えています。
そして、ジャマイカ・グリーナー紙の今年のマン オブ ザ イヤーに2年連続で選ばれ、ここでも偉業を繰り返しました。
ボルトは受賞後、これまでのキャリアについてこう語りました。「僕は陸上競技を始めたときの経験を、いつもみんなに話している。中学時代は順調なスタートを切ったけれど、高校へ上がるとうまくいかなくなった。かなり落ちこんだし、つらくてストレスも溜まった。それでも言えるのは、あきらめずにがんばり続けること、そして家族や友人には頼れということだ。それはとても大事なことなんだ。周りの人に頼って力になってもらうんだ」
2009年11月16日 18:54
新しいランニング・シューズ ― さらなる飛躍へ
プーマ®の新シューズ ヴェクターナとヴェロシスは好調なセールスを挙げていますが、その理由を探ってみました。プーマのプロダクトチームは次のように語っています。
「コスト中心主義から離れ、フィット感、快適性、パフォーマンス、(さらには小売店の考え)を中心に据えたランナー本位のアプローチに変えたのです。ヴェクターナとヴェロシスは、このコンセプトをめざすことですばらしいスタートを切ることができました。今後もこの方向性を続け、このコンセプトに基づいたランニングシューズをさらに発表する予定です。商品の製造プロセスのスタート地点は常に、ランナーのニーズとメリットに根ざすべきです」

イギリスの販売店スタッフは、今回の成功について「試着してまず感じたのは、ここ長年履いた中でも指折りの「フィット感とフィーリングのある」シューズだということだ。特にアッパーは滑らかなスムーズ感があり、そしておそらくもっと重要なことはクッションの感触も良いことだろう」と語っています。
またアメリカでも「この新シリーズは、過去に見たり履いたりしたプーマのシューズから大幅に進歩している」と実感しています。
試着したモニターによると、「路上での履き心地がスムースで、フォアフットのクッションの反応も優れている」そうです。
ドイツのランニング界の関係者は、ヴェクターナについて「このシューズは、提供する機能のレベルの高さで言えば、ベストセラーになっている安定感のあるシューズと同等だと評価できる」
ヴェクターナとヴェロシスをまだ未体験なら、こちらのカタログサイトのプーマランニングシューズ取り扱い店舗にてご確認ください。
カテゴリ:
2009年11月14日 18:50
今年の世界最優秀陸上選手なるか?
世界陸上3冠を達成したジャマイカのウサイン・ボルトは、IAAF(国際陸上連盟)が選出する2009年の世界最優秀陸上選手(アスリート オブ ザ イヤー)の最終候補に選ばれました。
昨年もボルトは、この栄誉ある賞を受賞しています。
IAAFが9日に発表した最終候補には、世界陸上で長距離2冠を果たしたエチオピアのケネニサ・ベケレ、米国の短距離走者タイソン・ゲイ、やり投げの世界陸上王者であるノルウェイのアンドレアス・トルキルドセン、そして2月に棒高跳びの歴代2位となる6m06の記録を出したのちに負傷したにもかかわらず世界陸上を制したオーストラリアのスティーブン・フッカーが名を連ねています。
受賞者はIAAFの関係者、マスコミ、ファンの投票によって決定され、11月22日に開催されるワールドアスレチックス ガラで発表されます。
カテゴリ:
2009年11月13日 18:46
ボルトの最新スケジュール
コーチのグレン・ミルズによると、短距離の世界王者ウサイン・ボルトのトレーニング再開は11月末になるそうです。
ミルズは以前「ボルトはケニアから帰国する11月第1週にトレーニングを再開する」と語っていましたが、今のところ予定がずれ込んでいます。
23歳のオリンピック王者は多方面から引っ張りだこで、ケニアでも環境保護の慈善キャンペーンの立ち上げに参加したり、チーターの里親になったり忙しく、ようやく4日に帰国しました。
帰国後も、22日にモナコで開催されるIAAF(国際陸上連盟)ガラへの出席など、公私にわたって多忙なため、トレーニング再開は予定どおりできない見込みだと、ボルトの広報担当のキャロル・ベックフォードは8日に語っています。
ベックフォードによると、2年連続でのIAAFの最優秀男性陸上選手(アスリート オブ ザ イヤー)のタイトルの獲得が期待されているモナコでのガラ以降は、軽めの予定はいくつか入るかもしれないが、大きな予定は入っていないとのことです。
去年の北京大会以降と同じく、ボルトはスポンサーとの契約の履行や数限りない公式行事の出席などを中心に、またしてもハードスケジュールをこなしています。
2009年11月12日 20:39
ミルズがジャマイカ代表コーチを辞任
ジャマイカ代表ヘッドコーチを辞任したボルトのコーチ、グレン・ミルズ
3冠王者ウサイン・ボルトのコーチで、レーサーズ トラッククラブの会長でもあるグレン・ミルズが、22年間務めたジャマイカ代表のヘッドコーチを辞任しました。
「1988年以降、様々な世界大会で毎回ヘッドコーチを務め、結果を残し続け北京で栄冠をつかんだ今、まだ先があるうちに辞めるのがいいと思った」とミルズは2日、ジャマイカ オブザーバー紙の独占インタビューで語りました。
ミルズは昨年、これまでの陸上界への貢献に対し、ジャマイカで5番目の栄誉賞に当たる「Order of Distinction in the rank of Commander Class」を授与されました。
「史上最高の成績を残しているジャマイカ陸上界の現場から去る。これは、あれこれ物議を醸したことがすばらしい成功を生んだという事実と矛盾してはいないかと思われるかもしれない」とミルズは冗談めかして言いました。
しかし、さらにこう付け加えています。「確かに、誰もが望む状況ではないが、私は自分のやり方でジャマイカに貢献でき、愛して止まないこのスポーツの発展に役立てたことを嬉しく思っている。今が代表に別れを告げるときだ」
ミルズが指揮を執った1987年から2009年の間に、ジャマイカ代表はメダルを世界陸上で71個、世界最高峰の陸上大会で33個獲得しました。
NACACの年間最優秀コーチに選ばれたミルズが言うには、今よりずっと前、シドニー終了後の2000年にも辞任を決意していたそうです。「私はもう若返ることもなく、この仕事に求められるものとストレスを考えれば、もっと若い人材がこの重責を引き継ぐ必要がある。頂点にいるときに辞めるのは、いいタイミングだ」
ジャマイカ オブザーバー紙によると、ミルズは代表のコーチを辞任したことで、これからはボルトが所属するクラブチームの指導に専念する予定だということです。
2009年11月11日 20:33
ダイヤモンドリーグ出場に疑問符
ウサイン・ボルトのミルズ コーチは、2012年のオリンピックへ向け準備を進めるために、ダイヤモンドリーグがボルトにとって2010年シーズンの重要な場になると語っています。しかし、ボルトはまだリーグとの契約を交わしていません。
ダイヤモンドリーグの成功は、北京3冠のボルトの参加に大きく左右されるかもしれません。ボルトの代理人、リッキー・シムズは、プロモーターが陸上競技大会を成功させるためにはボルトの名が欠かせなくなっていると(はっきり)示唆しています。しかし、「チーム・ボルト」が、運営組織であるIAAF(国際陸上連盟)とダイヤモンドリーグの契約を結んだという正式な発表はまだありません。
IAAFの構想では、ボルトが契約すれば、世界トップレベルの他のアスリートたちも一定のレース数を契約するだろうと見込んでいます。けれども、IAAFの当初の広報内容は一部のエージェントから疑問視されており、彼らが担当するアスリートが参加を見合わせる可能性を示唆しています。
確かに賞金について言えば、各種目の総合優勝者に与えられる8万ドルという金額は、ゴールデンリーグの100万ドルに比べて魅力的には映りません。
主催者側は、来年5月に始まるダイヤモンドリーグによって、より多くトップアスリートの直接対決が実現すると望むとともに、そう信じています。
カテゴリ:
2009年11月 9日 20:24
MWCTの舞台裏
スポーツライフスタイル・ブランドのプーマ®は今年、「Maasai Wilderness Conversation Trust(マサイ自然保護基金)」への支援を発表しました。
同基金への支援の一環として、エドワード・ノートンは11月1日のニューヨークシティマラソンで、30名のランナーからなるチームを率いました。同基金の資金集めと宣伝のためにマサイ族の戦士3人とともにチームを牽引したのです。同基金はケニアに本部を置く非営利組織で、東アフリカのマサイ族の居住区における多様な生物の保護を支援するために、居住区内の環境保護や教育や保健サービスを推進しています。
舞台裏を撮影したこの独占映像では、同基金の紹介やマサイ族がマラソンに参加する意義、そしてニューヨークシティやアフリカでのトレーニング、新しいスニーカーの試着、プーマの公式ジャージの贈呈などマラソン当日へ向けた日々の様子を伝えています。
2009年11月 7日 20:20
チーターに「ライトニング・ボルト」と命名
陸上短距離3冠のウサイン・ボルトは3日、ケニアのナイロビ国立公園でチーターの子供の里親になりました。
ロイターの報道によると、以前ボルトは自分より速く走れるチーターを恐がっていましたが、このかわいい小さなチーターに哺乳瓶でミルクを飲ませるとそんな気持ちはどこかに行ってしまいました。この子を家族の一員として迎えたのです。この子の名前は?もちろん、ライトニング(稲妻)・ボルトです。
ボルトが生後3か月のオスのチーターの里親になったのは、ケニアの有名な野生動物の保護に対する支援活動の一環です。ケニアの野生動物たちは、トロフィーハンティングや気候変動、人類による侵害のためにその生存が脅かされています。ライトニング・ボルトは、ボルトが年3,000ドルの養育費を払い、ナイロビの動物孤児院で育てられます。この金はケニア野生動物保護局へとわたり、ケニアの絶滅危惧種の保護のために使われます。
2009年11月 6日 20:16
ボルトがマサイ族の仲間入り
世界最速の男ウサイン・ボルトは1日、ケニアのライキピアのセゲラ農場で簡単な儀式に立ち会い、マサイ族の一員になりました。ライキピアでは、ザイツ財団が自然保護のキャンペーンを立ち上げています。
12人のマサイ族の人々が民族衣装のシュカをボルトに着せ、木の棒をプレゼントし、戦士の中の戦士を意味するロイルグワニーの名を授けました。この儀式の直後には、世界でも指折りの有名アスリートの前で踊りも披露しました。
前夜の大雨の影響でセゲラの滑走路が危険な状態になったため、ボルトの到着は2時間ほど遅れました。けれども、待った甲斐がありました。マサイ族の人たちはボルトを熱烈に歓迎し、ボルトと一緒にあの勝利のポーズをとることができました。
マサイ族のひとりは、なぜ部族のみんなが「アフリカへようこそ」とボルトに話しかけるのか不思議だと言いました。アフリカは人類発祥の地なのだから、ボルトは「ただ単に故郷に帰って来たに過ぎない」ということです。
ボルトはケニア滞在の最後の2日間をセゲラ農場で過ごしました。110 m ハードルの元世界記録保持者コリン・ジャクソンとともに、30日にケニアでの活動を開始したザイツ財団の世界大使を務めています。
「彼らにもらったマサイ名を書いてみたよ」とボルトは語り、「今やマサイ族の一員」となったことを証明するため、見事な跳躍力で何度も跳び上がり、マサイ族の有名な踊りを真似ていました。
そんなボルトでしたが、1日の午前中にゲームドライブ(車での野生動物の観察)に出かけたときには、陸上のトラックで彼と対戦する相手が味わうのと同じ恐怖に耐えるはめになりました。
「オスの象が車の前に立ちはだかったんだ。本当に恐かったよ。襲ってくるつもりかと思ったけれど、僕らにどいて欲しかっただけだった」とボルトは語りました。「ゲームドライブはすばらしかったし、とても楽しかった。まだライオンとヒョウを見ていないから(2日の)午前中にもう1回出かけるつもりだ」










