北京オリンピック後、私はボルトが米国の広告界で巨大な存在になると単純に思いこんでいました。私がまずボルトから連想したのは、高速インターネットプロバイダーや自動車メーカーなど、いずれにせよ最速というブランドイメージを求める会社です。
そんなとき目に飛びこんできたのは、「3Gは、ウサイン・ボルト級の速さ!」という見出しの記事でした。その書き出しは、「Goodness! Gracious! Gosh!(すごい、親切、びっくり)、興奮と驚きを約束する3つのG」というものでした。これは携帯電話会社についてのもので、ボルトの名前を利用して利益を得ようとしているのです。ボルトにお金を払っているわけではありません。
当時、なぜボルトの契約についての話題があまり出てこないのか不思議に思っていました。ボルトに広告契約の話がないのは、米国で短距離競技の人気が高くないからなのでしょうか。「う~ん」と頭をひねりたくなるような疑問のひとつでした。
メディアでは現在、ボルトのマネージャーのノーマン・ピアートが、プーマ、ゲータレード、デジセル、テキサコを初めとするボルトの数々の広告契約に、書籍、映画、車、テレビゲームなどの商品を加えるべく動いているという記事があふれています。

ここでピアートの略歴について少し述べておきましょう。ピアートはボルトが15歳のときにマネージャーに就任し、その権限はボルトが成功するたびに大きくなっていきました。ボルトが16歳のとき、毎年恒例のBoys Championshipsで彼が初めてタイトルを獲得して間もなく、シューズとアパレルの4年間の広告契約をプーマと結びました。ピアートは、プーマとの最初の契約にはボルトの成長を促すインセンティブがたっぷりあったと言います。
「デジセルがボルトとのスポンサー契約に興味を示したのは2003年でした。当初はとても小さな契約でしたが、急激に大きくなりました。今は当初の100倍くらいあります。北京以降は、地域契約を延長しました」
ベルリンでの華々しい活躍のあと、ピアートはこう述べています。「企業がまた戻ってきて、契約はより高額なものになっています。今から12月までにあと2つ契約を交わす予定ですが、大事なのは、そんなにたくさん契約はできないということです。5つか6つくらいじゃないでしょうか。それで十分なはずです」
多くの会社が、選手ひとりの成績でスポンサーのイメージを損なうおそれのある個人よりも、チーム単位のスポンサーになることでリスクを分散させたいと望んでいるとピアートは言います。そして、陸上競技は伝統的に売りこみにくいそうです。
「広告契約に関しては、ずっと最悪だった。陸上界で実際に世界契約を結べるアスリートは多くはないでしょう。我々も大型契約を結ぼうと動いていますが、今でもそれは簡単なことではありません。ですが、大きなタイトルを2つ獲得したという点では、ボルトはこれまで以上に注目を集め、このスポーツの地位をいくらか引き上げました」
ピアートによるとボルトは昨年、ゲータレードと1年間の世界契約を交わしたとのことです。テキサコとの契約は今のところ国内限定ですが、「テキサコ側が世界規模の契約に興味を示した」と、ピアートは述べました。また、この手の世界契約には多くのやりとりが付き物だということも彼は指摘しています。
ボルトへの注目が日々高まるなか、こうした広告契約の進展を見守るのは興味深いことです。そして、さらに重要なのは、ボルトのマネージメント・チームがどんな対応を見せるかということです。