2010年4月 1日 17:28

PUMA® RUNNING SESSIONのお知らせ

 
プーマイベントランニング.jpg●イベント実施予定店舗(詳細は、各店舗の募集要項を御確認ください。)

4月24日(土)   大丸東京店11階スポーツ用品売場PUMA SHOP TEL03-6895-2416
            ザペニンシュラ ブティック&カフェ仲通りにてアフターパーティも実施予定
 
4月25日(日)    京都鴨川周辺ランニング
                     大丸京都店5Fプーマコーナー              TEL075-241-6672
              スポーツミツハシ京都烏丸御池本店2F TEL075-252-6680

4月29日(祝) スポーツデポ南砂町スナモ店  TEL03-5677-0721

5月8日(土) スポーツデポ岐阜県庁前店   TEL058-273-2981

5月29日(土) スポーツデポ岐阜県庁前店   TEL058-273-2981

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kipsiro.jpgプーマ・アスリートでウガンダのモーゼス・キプシロは、昨年2009年の世界クロスカントリー選手権で2位に、同年の世界陸上と2008年のオリンピックの5000 mで4位に入りました。ウェブサイト「LetsRun.com」に、キプシロについてPJ・ブラウンによるすばらしい記事が掲載されています。以下は、その記事の抜粋とリンク先です。

現在23歳のモーゼス・キプシロが広く名を知られるまでの生い立ちは、ひと口では言い表せない入り組んだものですが、ジョン・アキ=ブアと非常に似ています(アキ=ブアについてはひとつ前に掲載した記事をご覧ください)。ウガンダを案内するツアーガイドは、緑豊かな景色、息を呑むほど美しい山や湖、数多くの野生動物や自然公園について語ります。ウガンダはナイル川の源流であるだけでなく、気候も世界一だと評判です。しかし、貧困、飢餓、犯罪、暴力について、ツアーガイドの口から語られることはありません。ウガンダでは、ごくわずかな人々しか満足な食事にありつけません。そのさらにひと握りの人しか、基本的な医療、学校教育、その他の社会福祉を受けることができません。そんな環境のなかでキプシロは育ちました。

「ずっとアスリートになりたいと思っていた」とキプシロは静かに語ります。「アキ=ブアが金メダルを獲得したとき、僕はまだ生まれてさえいなかったけれど、両親や家族がよく話をしていたし、学校でもアキ=ブアの偉業について教わった。アキ=ブアの成し遂げたことに肩を並べられるとは思わない。アキ=ブアはこの国の大多数の人にとって、心を鼓舞してくれる存在だからね」

ウガンダでのトレーニングは、地形、環境、時期を考慮して選ぶことが必要です。アフリカ人ならではのスタイルを守り続けるキプシロは、走った距離を数えません。特定の距離を走るのではなく、いつも時間を決めて走ります。毎日1時間か90分走りますが、1日に2回走ることもありますし、1時間のランニングを複数回こなすことも少なくなく、柔軟に対応しています。トレーニングのメニューには、適度なペースで40~50分走るテンポ走や、ヒルトレーニングも盛り込まれています。たいてい週に計80から100マイル走ることになりますが、それよりもかなり少なくなることもあります。基本的に日曜は休養日です。

トレーニングは高地で、コーチや代理人のリッキー・シムズ(ウサイン・ボルトの代理人として有名)を伴わずに、ひとりで行っています。しかし、コーチは日々の練習内容をしっかりチェックし、トレーニング過多にならないことに満足しています(キプシロのトレーニングの詳細は、ウェブサイト「LetsRun」の記事中のコラムに掲載されています)。

シムズは次のように語っています。「モーゼスはたいへんな才能の持ち主だ。なかでもすばらしいのは、ラスト1周の走力だ。ラストスパートがとても速い。1周59~60秒ならゆうゆう走れる。1周52~53秒のラップをこなせるかはわからない。ラスト1周をどれくらいで走れるかは、レースのそれまでのペースに左右される。スローペースでラストを迎えたら、最速で51~52秒に迫るタイムを出すランナーもいるだろう。モーゼスはかなりのスパート力があり、自信も持っているが、私たちはさまざまなペースを想定した練習に取り組んでいる」

「モーゼスはランナーとしても優秀で、先頭から少し離れた位置で後ろからレース展開をうかがうのを好む。私たちはこれまでモーゼスがランナーとして足固めできるように尽力してきたが、2009年には、それが形となって見えてきた」。キプシロはモナコで、ウガンダ新記録の7分30秒95のタイムで優勝。英国のゲーツヘッドでも、バーナード・ラガトを下して優勝しています。

2010年の出場予定には、春の世界クロスカントリー選手権、夏のアフリカ陸上競技選手権と秋のコモンウェルスゲームズが盛り込まれています。負傷から復帰したばかりのため、万全の状態に戻るまで数か月かかるかもしれません。そして、3000 mでは7分30秒、5000 mでは12分50秒を切るタイムを目指しています。「僕が一番好きなのは5000 mで、できればタイムを12分45秒まで縮めたい」と語るキプシロですが、5000 mでは2007年の世界陸上での銅メダルに加え、2008年のオリンピックと2009年の世界陸上で4位に入っています。

アキ=ブアとは異なり、キプシロには総合的にサポートしてくれるチームがいます。「ウガンダ陸上競技連盟とモーゼスに対するプーマの貢献は軽視できない。プーマはモーゼスを手厚くサポートしてくれている」とシムズも認めています。

才能豊かなキプシロの今後について、シムズは慎重ながらも自信に満ちた言葉で語っています。「将来について大言壮語するのは馬鹿げている。私の口から言えるのは、モーゼスが中距離界を制覇できるかどうかはまだわからないが、間違いなく有力選手のひとりになるということだ。アフリカの他のアスリート同様、モーゼスはすばらしいスポーツ大使だし、その成功はウガンダにとって大きなプラス要素だ。モーゼスの評価は上がりつづけており、できることならば末長く競技生活を送ってもらいたい」

最後は、キプシロの言葉で締めくくりましょう。「ウガンダの陸上競技におけるアキ=ブアの地位は、孤高のものだ。アキ=ブアは唯一無二の人物であり、国の状況が違っていたら、陸上でもっと多くのことを成し遂げていたはずだ。アキ=ブアのような巨大な存在に代わることはできない。アキ=ブアは伝説であり、そうなるのも当然の人だ。アキ=ブアと並び称されるのは名誉なことさ。でも、アキ=ブアと張り合うつもりはない。僕を鼓舞してくれる存在だからね

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akii-bua.jpg プーマ・アスリートのジョン・アキ=ブアは、ビクトリーランの生みの親として知られています。1972年のミュンヘン大会の400 mハードルで金メダルを獲得した直後に感激のあまり、観客から手渡されたウガンダ国旗を振りながらトラックを回り、これが史上初のウィニングランとなりました。

アキ=ブア(1949年12月3日生まれ、1997年6月20日逝去)は、ウガンダのハードル走者で、ウガンダ初の夏のスポーツの祭典の金メダリストとなりました。短距離のハードル走者として競技生活をスタートさせましたが、英国人コーチのマルコム・アーノルドの指導によって400 mハードルに転向しました。

1970年のコモンウェルスゲームズで4位に終わったのち、1971年にはシーズンベストのタイムを叩き出しましたが、競技経験の乏しさゆえに、1972年夏のミュンヘン大会では優勝候補の本命とみなされてはいませんでした。400 mハードル決勝で本命に挙げられていたのは、前回大会の金メダリストで世界記録保持者の英国人、デビッド・ヘメリーでした。ウガンダ人のプーマ・アスリート、アキ=ブアは、ミュンヘン入りしたときはダークホース扱いで、自身とコーチ以外に優勝を予想する者はいませんでした。アキ=ブアは過去にはあばら屋で暮らし、一日一度の食事さえもままならなかったひどく貧しい生まれの若者でした。それが、この日のために死にものぐるいのトレーニングを重ねた結果、劇的なレースを見せたのです。

誰もが嫌がる内側のレーンでしたが、夏のスポーツの祭典史上に残る快走を見せ、最後の直線でヘメリーを置き去りにして47秒82の世界新記録で優勝。人生を変える値千金の勝利となりましたが、アキ=ブアにとってこれが最初で最後のオリンピック出場であり、選手生活の頂点でした。優勝を決めた直後、アキ=ブアは観客から差し出されたウガンダ国旗を手に取ると、国旗をひらめかせながらトラックを回り、これが勝者による「ウィニングラン」の習慣の始まりとなりました。1976年のモントリオール大会には、ウガンダを含むアフリカ諸国がボイコットしたために出場できず、ライバルと目されたいた米国のエドウィン・モーゼスとの大一番は実現しませんでした。

大会後、アキ=ブアは英雄として祖国に凱旋し、警察官となり、イディ・アミン大統領に取り立てられ、陸上選手としての優れた能力への褒美として家を贈られました。しかし、大会前年に最高権力者の座をつかんだアミン大統領は、すでに大虐殺を始めていました(のちにアキ=ブアは「アフリカで起きた言語道断の残虐行為」だったと語っています)。アミン政権の崩壊後、アキ=ブアは政権の協力者とみなされることを恐れ、家族とともにケニアへ出国。ケニアでは難民キャンプに収容されましたが、やがてスポンサーとしてシューズを提供していたプーマの助力で脱出すると、ドイツに移住してプーマのもとで3、4年働いたのち、ウガンダに帰国してコーチとなりました。

アキ=ブアは今では、ウガンダの小学校の授業で取りあげられる人物になっています。その生い立ち、苦労、陸上選手としての栄光が授業で教えられているのです。そして、ウガンダに史上唯一の陸上の金メダリストをもたらした選手にふさわしく、スタジアムや通りにその名が付けられています。

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プーマ®は、これまでのコンプレッションウェアに比べて身体への締めつけを軽減した、
"緩い"着圧(着用感)のソフトストレッチタイプのランニング用コンプレッションウェア
「PUMA Light Compression (プーマ ライト コンプレッション)」を、カラフルな
レイヤードスタイルが楽しめる Men's/Women's 各12カラーバリエーションで、2010年 
8月下旬 限定店にて先行発売致します。

ランニングの様な長時間にわたって比較的弱い筋肉への負荷が持続するスポーツにおいては、
これまでのコンプレッションウェアよりも身体への締めつけを軽減した"緩い"着圧(着用感)
のソフトストレッチタイプの方が、ランナーのパフォーマンスを持続させることができるのでは
ないか"という仮説に基づいて商品の開発が行われました。

また最近では、特に運動機能的なサポート効果と共に、防寒や日焼け対策のためのウェアとして
コンプレッションウェアを着用する方々が増えており、快適な着心地に対するニーズも存在して
います。

これらに対応してデビューする新発想の商品が、「PUMA Light Compression」 です。

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商品特長:
    @着用時の体への負担が少ない
    @軽強度の長時間運動におすすめ
    @脱ぎ着しやすい
    @さまざまな体型に対応   

    ※写真は、参考サンプルとなり、販売商品の仕様とは異なります。

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2010年3月19日 13:30

PUMA® Running Sessionのお知らせ


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●イベント実施予定店舗(詳細は、各店舗の募集要項を御確認ください。)

3月21日(日) スポーツデポ南砂町スナモ店  TEL03-5677-0721
3月28日(日) 大阪城公園ランニング
           大丸梅田店8Fプーマコーナー TEL06-6344-0811
                    大丸神戸店5Fプーマコーナー TEL078-331-4332
                    大丸心斎橋店北館10Fミツハシブラウニー TEL080-3882-6978
4月29日(祝) スポーツデポ南砂町スナモ店  TEL03-5677-0721
5月8日(土) スポーツデポ岐阜県庁前店  TEL058-273-2981
5月29日(土) スポーツデポ岐阜県庁前店  TEL058-273-2981

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3月17日付けの『ワシントンポスト』紙によると、ウサイン・ボルトは5月に開催されるチェコ ゴールデンスパイクで、300 m という珍しい距離のレースに出場します。17日に主催者が語ったところでは、5月27日にチェコのオストラヴァで行われるこの300 m 走で、ボルトは世界記録を狙っているそうです。現在の世界記録は、マイケル・ジョンソンが持つ30秒85です。ただし、IAAF(国際陸上競技連盟)は、300 m 走が主要大会で競技種目になっていないことから、この記録を公認していません。ボルトはこのレースで世界記録を樹立すれば、3万ドルの賞金を獲得できます。

また、先日『スカイスポーツ』のウェブサイトにボルトのインタビュー記事が掲載されました。以下は、その記事からの抜粋です。

ボルトはこの冬、メディアの取材、チャリティーイベントやさまざまな授賞式への出席のほか、スポンサーイベントや大使としての活動で大忙しだったため、2010年シーズンの序盤に精彩を欠いたとしても、多くの人は驚きはしないでしょう。しかしリラックスして試合に臨みながら科学の常識を超えた能力を発揮することで、スポーツファンを魅了し、陸上界のみならずスポーツ界全体に革命を起こしてきた、この身長196 cm の怪物スプリンターは、彼ならではの答えを返してくれました。

「あれが僕の性格なんだ」とボルトは語りました。「神経をとがらせたり緊張したりしても、速く走ることにつながるとは思わないから、自分らしくしているだけさ。みんなも喜んでくれているようだから、ずっとそうしてきたんだ。トレーニングは順調だよ。クリスマス前まではイベントが山ほどあったから、予定より遅れ気味だったけれど、今は夏へ向けて厳しい練習を重ねている。冬の長距離のトレーニングは好きではないけれど、持久力をしっかりつけておくことは必要だからね。(昨年8月の世界陸上ベルリン大会のあと)1か月まるまるオフをとったけれど、サッカーやクリケットの試合に何度も出ていたから、コンディションは維持できているよ」

「将来は400 m に出場するかもしれないけれど、まだ2,3年はないと思う。今は100 m と200 m に集中したい。2008年と2009年のシーズンはすばらしかった。すばらしい結果を残せたし、これからも同じようにうまくいくことを願っている」

ボルトの次なるプロジェクトは何でしょうか。まず今年の秋に、世界制覇の過程を記録した写真入りの本が、さらに2012年のロンドンオリンピック後には、半生を網羅した自伝が、それぞれ出版される予定です。また、夏には、今年から開幕するIAAFダイヤモンドリーグに出場します。

IAAFダイヤモンドリーグはすばらしい大会になると思うよ。今、スプリント界には優れた選手がたくさんいて、世界の注目を集めている。タイソン(・ゲイ)やアサファ(・パウエル)や僕が、いつどこで走るかみんなが噂している。面白くなりそうだね

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dsc_6982-205x311-custom.jpgプーマは「Boys & Girls Athletics Championships」が記念すべき100回目を迎えたことを心から祝福します。

次のウサイン・ボルトは誰なのか。シェリー=アン・フレーザーを超えるのは誰なのか。そんな議論や予想がジャマイカではよく交わされていますが、とりわけ「Boys & Girls Athletics Championships」(少年少女陸上選手権)を開催中のナショナル・スタジアムではその手の話に花が咲きます。

今年100回目を迎えた同大会は、高校生の大会としては世界最大級の大会です。毎年、19歳未満の才能豊かな新星たちが世界にその実力を披露し、ジャマイカが生んだオリンピックのゴールドメダリストたちの多くも、ここから世界へと巣立っています。

ボルトも16歳のとき、2003年、同大会の200 m と400 m の両種目で、それぞれ20秒23、45秒30の大会新記録を叩き出し、センセーションを巻き起こしました。「この大会は僕らジャマイカのアスリートにとっては毎年最大の楽しみになっている。今でも毎年見に行っている。世界陸上やオリンピックみたいなものだ」とボルトは語っています。「大会では激しい戦いが繰り広げられる。なかでもリレーは激戦で、スタートと同時にスタジアムの空気が一変するんだ」

dsc_6968-453x313-custom.jpgプーマは過去10年にわたって、この意義ある大会をサポートし、今では大会のメインパートナーのひとつとなっています。広告バナーやゼッケン上にロゴマークが登場する他にも、ジャマイカのトップレベルの高校も支援しています。こうしてプーマは、ジャマイカの陸上競技において高校生からトップアスリートまで全面的なパートナーとなっています。オリンピックや世界陸上の代表チームを支えるだけでなく、ジャマイカの陸上競技界の発展を後押ししているのです。

1910年の初開催から100年目を迎えた今大会で、また新たなスターが生まれた際には、プーマは支援を惜しむつもりはありません。

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今年のローレウス世界スポーツ賞の受賞式がきょう10日、アラブ首長国連邦のアブダビで多数のスター選手を招いて開催され、ウサイン・ボルトは2年連続で同賞を受賞しました。

ボルトは2009年の男子短距離界において、昨年に引き続き圧倒的な速さを見せつけ、世界陸上ベルリン大会で、100 m と200 m の両種目を驚異的な世界新記録で制しただけでなく、4 × 100 m のリレーでも母国ジャマイカの金メダル獲得に貢献しました。

この昨年8月の活躍は、北京での100 m と200 m で世界記録を塗り替え、世界にその名を知らしめたあの2008年8月をまさに彷彿とさせるものでした。

現在23歳のボルトは、100 m と200 m の世界陸上と世界大会タイトルを同時に保持する史上初の選手であり、しかも両種目の世界記録保持者でもあります。

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プーマ アスリートのデリラ・ディクレシェンツォは6日、トリニダードトバゴのマウント アーバイン リゾートで開催された第6回北中米カリブ海陸上競技協会(NACAC)クロスカントリー選手権において、女子個人の部で優勝を果たしました。

同選手権では、男子8 km、女子6 km、ジュニア男子6 km、ジュニア女子4 km のレースがおこなわれました。

女子6 km のレースでディクレシェンツォ(ニューヨーク州ニューヨーク)は、エミリー・ブラウン(ミネソタ州ミネアポリス)とともに序盤からレースを引っ張り、5 km 地点で抜け出すと、20分50秒のタイムで優勝しました。さらに米国女子チームは、終盤追い上げたエミリー・ハリソン(アリゾナ州フラッグスタッフ)が21分02秒の2位、アリッサ・マッケイグ(ノースカロライナ州ブローイングロック)が21分35秒の4位、続いてエリン・ニハス(インディアナ州インディアナポリス)が21分51秒でゴールし、この4人の合計ポイントがチームのポイントとなりました。チーム合計は12ポイントで、2位のメキシコに14ポイントの差をつけて国別でも優勝を飾っています(訳注:上位4人の合計ポイントが少ないチームが優勝)。

デリラ、おめでとう!

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2010年3月 1日 19:10

東京マラソン EXPO2010 終了


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東京マラソンEXPO 2010 PUMA®ブースに御来場頂きました皆様、誠にありがとうございました !!
また、PUMA Running キャンペーン実施各店舗の方に 御足運び頂いた方々も合わせてありがとうございました。

お蔭様で大盛況のうちにEXPOを終えることができました!

最終日の模様をお伝えします。

PUMA レース攻略セミナー  ~カッコよく走ることを楽しもう~ / 2月27日(土) 11:00~  ・ 16:00~

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PUMA × FRaU コーディネイト TALK SHOW ~走る女は美しい~ / 2月27日(土) 13:00~

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