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Puma Ocean Racing home

Introduction

赤道周囲の1.5倍相当の約60000kmのコースで世界を一周するVOLVO OCEAN RACE。
地球上で最も過酷かつ危険なこのセーリング競技にプーマは挑戦しています。

そして、それを祝うと同時に2007年よりスタートしたプーマセーリングコレクション。
あくまでも競技を基礎としながらライフスタイルへもつながる、刺激的でデザイン性に富んだこのコレクションは、
全ての消費者のニーズを遥かに超越し伝統的なセーリングウェア、シューズ、アクセサリーに新しい流れを与えます。

当サイトではセーリングのエキサイティングなニュース、クルーの活躍、そしてプーマセーリングコレクションの
ユニークなアイテム等をブログ形式でお伝えします。

セーリングの最高峰とされるVOLVO OCEAN RACEに挑むクルーたちの動向と、
そこからインスパイアされるコレクションをぜひチェックしてください!

洗濯のヒント


世界のどこに住んでいるかによって、セーリングギアを冬の間しまっておくのか、これから迎える夏のために引っ張り出すのか、選択が分かれることになります。もちろん、極寒の冬の航海にどうしても出たいのならば話は別ですが......。

 

いずれにせよ、世界のどこに住もうとも、セーリングギアの機能を維持するためにしっかりと手入れをしておかなくてはなりません。セーリングギアは高額で、数か月ごとにオフショアジャケットを買い換えられるわけでもありませんから。

 

プーマでは、オフショア用製品にゴアテックスを使っています。ゴアテックス製品はプーマをはじめ、ほかのブランドでも多数取り揃えられています。愛用のギアが少しくたびれてきたと思ったなら、ゴアテックスのウェブサイトに掲載されている以下のヒントを試してみてください。

 

ゴアテックス®アウターウェア
機械洗いや手洗いする場合、または乾燥機にかける場合は、内側の取り扱い表示ラベルに示されている指示に従ってください。洗うことで埃やその他の汚れを取り除き、乾燥機の熱により、繊維の表面に施されたDWR(耐久撥水)加工の機能が回復します。

 

洗濯後、回転式乾燥機で乾燥させたウェアが、水をはじかなくなったら、DWR加工の有効期間が過ぎたということです。でも心配はいりません。最寄りのアウトドアショップで販売されている撥水性回復剤(DWR加工)でウェアの撥水性を回復できます。なお、ウォッシュイン(撥水剤)の使用はウェアの通気性を悪くすることになるため、お薦めしません。

 

また、ウェアにラテックスシールが施されている場合は、乾燥機にかけないでください。

 

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プーマのセーリング パフォーマンスバックパック


backpack.jpgプーマ オーシャンレーシングチームのお気に入りのこのセーリング用バックパックは、チームとともに世界を駆け巡りました。

 

このバッグパックは、メインコンパートメントを保護するストームフラップや、人間工学に基づく調整可能なショルダーストラップなど航海に適した特色を持っており、陸地でもっと多くの人にこのバックパックを見せたいという誘惑にかられます。航海時には、撥水素材や防水ジッパーを用いた縦型の外ポケットが中身を水から守ります。

 

ひと足早いクリスマスプレゼントとして自分への贈り物にしてみてはどうでしょうか。

J24ヨーロッパ選手権でのプーマ®


プーマ オーシャンレーシングチームは、ボルボ オーシャンレース中にクリス・マクラフリンと友人になりました。クリスはインマルサット社の一員で、同社のおかげで私たちは驚くべき写真と映像をヨットから送信できました。

 

それはともかく、クリスはプーマのセーリングギアのファンで、J24ヨーロッパ選手権では自らのクルーに装着させました。プーマのセーリングギアについてこれだけは言っておきたいと、次のように語っています。

 

「プーマのセーリングギアはJ24ヨーロッパ選手権でよく目立っていて、クルーたちが身に付けるほどに、そこに込められた特徴、スタイル、意図に感心させられています。まさに世界クラスと言えます」

 

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去年の今頃


10月22日、プーマ®チームは去年のこの日、南アフリカのケープタウンへ向かう途中で、航行中はじめて赤道を越えました。そしてケニーとケーシーとミチは、海の神ネプチューンに紹介されたのです。以下は、その顛末について書いたブログです。

 

私は乗り越えられたことを喜んでいます。赤道越えができたことを。

 

あれは「ブレイクタイム 悪名高き赤道越えの儀式」と称すべきものでした。海の神ネプチューンは、赤道越えを初めて体験する人への洗礼として、それがなんであろうと「過去の罪」に対してなんらかの罰を与えます。個人的な感想を言えば、儀式の何もかもが大学の新入生いじめみたいなものです。もしくは、アルコール抜きの悪ふざけが過ぎるバチェラーパーティー(男だけの独身お別れパーティー)と言ってもいいかもしれません。

 

なぜ、私にとってたいした意味もない儀式についてわざわざ書こうとするのか。それは、好む好まざるにかかわらず、私もその渦中のひとりだったからです。イル モストロのクルーで赤道越えが初めてだったのは、ケーシー・スミスとミチ・ミューラーと私でした。数ヶ月ものあいだ、どんな目に遭わされるかについて憶測を働かせていました。そのいずれも冗談めいたものでしたが、悪巧みを企むように目を輝かせながら考えをめぐらせていました。


けれども、予期せぬ出来事が2つ起きました。1つ目は、それまで微風だった風が20ノットほどの強風に変わり、落ち着かない荒波が断続的に押し寄せてきました。2つ目は、私たちはまだエリクソン4と接戦を演じており、その日は朝からずっと徐々に差を詰められていたことです。実のところ、このレグの大半、エリクソン4は常に私たちの視界に入っていた気がします。この2つの要因が、儀式に大きな影響を与えたことは間違いありません。

 

私たちがデッキに呼び出されると、突然、目を爛々と光らせたジャスティン・フェリスが、何やら得体の知れないものが入ったバケツを持って現れました。その中身は、ここ1両日中の食事の残りをかき集め、そこに私の好物であると同時に世界で一番気色悪い食べ物ベジマイトを混ぜ合わせたものでした。

 

手順1:私たち3人は、バケツの中身を気持ち悪くなるくらい体に塗りつけられるのを覚悟しました。

 

手順2:私たち3人は、ひとりひとり別々のプレゼントをもらいました。私には、言うなればシャレを効かせた整髪用ジェルで、ジャスティンがベジマイトに浸した両手で塗りつけると、髪の間から滲み出てきました。気持ち悪いなんてもんじゃありません!次にケーシーには、悪臭漂う食べ物の残りほぼすべてが塗りつけられました。あまり独創的とは言えないプレゼントです。そして最後の標的は、ポニーテールの若者ミチでした。

 

ミチにはハサミだけが手渡されました。報いを恐れるあまりミチの髪を切る勇気があった者がいたとは思いません。しかし、食べ物の刑を逃れるチャンスを与えられたミチは、すぐに頭の後ろに手を伸ばしてポニーテールをつかむと、その長い金髪の束を1インチほどだけ残して切り落としました。3人に対する儀式のどれもが、クルーのみんなを大いに楽しませました。

 

そして最後の儀式には、フランス産のブランデー、ナポレオンが使われました。それをひと口ネプチューンに捧げたあと、各クルーがひと口ずつ飲み、そしてふた口分を船の安全に捧げました。こうして儀式は終わりました。やれやれです。痛みといえるものはまったくありませんでしたが、私は10分間ほど舳先に立つはめになりました。はじける波と食器洗い用洗剤でベジマイトを洗い流すためです。結局、昨夜寝ようとする時間になるまで、私はあの悪臭をずっと嗅ぎっぱなしだった気がします。あの臭いは、現実においても私の頭の中でも、当分消えないのではと思ったほどです。

 

けれども、風と波と、近くを航行していたヨットに感謝しています。最後にはやはり、それらが恥ずかしさから救ってくれた気がします。

終わりなき航海


17日目。順調?

 

この時期の南へ向かう旅は、気楽で快適なものにはならないとわかっていましたが、ここまで17日間は順調に進み、なかなか楽しい旅となっています。

 

ポルトガルのポルチマンに停泊し、レースに付きもののクルーの入れ替えを行い、ケイプとマイクをミドルシー レースへ送り出しました。そして新たなクルーとしてトム・ゴール(プーマのセールメーカー)と彼の仲間のダンを迎えました。ダンのことは、ダンという名前のほかに何も知りませんが、ここまでウォッチパートナーとしてすばらしい働きを見せてくれているだけでなく、小説や車雑誌なども持ってきてくれました。

 

私たちはとりわけ大きな問題もなくジブラルタル海峡に入り、ほとんどの時間、周囲に船が10隻ほどしかない航海しやすいときに通過しました。以前ここを通ったときは暗闇の中だったことを考えれば、日中に通過し、岩礁を確認できたのは幸運でした。

 

周辺に急な大波をもたらす場所がいくつかあるものの、ここまでのところ地中海の波は穏やかです。私たちが目指したここ2回の航路定点でもそうであったように、微風が進行方向から、まったく同じ強さ吹いてきています。この向かい風は永遠に続くかのようです。

 

偶然にも、イタリアチームが乗っているエリクソン3がわずか2マイル離れたところにいます。彼らは私たちとよく似た航路の旅を続けていますが、目的地はもう少し先、イタリアのジェノバです。

 

前回の天気情報から判断すると、東側に向かっていた彼らは11日、かなり厄介な50ノットのミストラル(南フランスの寒冷で乾燥した風)と格闘していたはずです。彼らとは、ともに悪天候のためにドイツのキールやポルチマンで停泊したときと同じく、スペインのアリカンテでも再会するかもしれません。お互い、ドックで挨拶を交わすちょっとした仲間として、今ではよく知っています。彼らと会うことはひとつの喜びになっています。

 

向かい風に逆らって100海里進んだあと、明日の朝しばらく風がやんだら、アリカンテまで残り25マイルはエンジンを止めるかもしれません。

 

到着はまだですが、次第にそのときが近づいています。


 

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ジブラルタル海峡にて


今回は、美しく晴れわたった朝のジブラルタル海峡からお伝えします。私たちは天候をうかがい、クルーを入れ替え、私の31歳の誕生日を祝うためにポルトガルのポルチマンに停泊したのち、昨日14日(水曜)の正午に出航しました。イギリスのゴスポートからポルチマンまではすばらしい航海となりましたが、マルタでのミドルシー レースに出場するケイプとマイクとはそこで別れなければならず、彼らは飛行機で飛び立ちました。ケイプは自宅へ戻って家族と半日ほど過ごしたあと、次の仕事に向かったはずです。マイクは、レース艇のテレフォニカ・ブラックに再び乗りこみます。私たちはあちこち電話をかけてトム・ゴールと彼の仲間のダンを見つけ、大きな喜びとともに彼らを迎えました。トムは、ボルボレース中に活躍してくれたとても腕の立つセールメーカーのひとりです。ふたりは残りの航海に協力するだけでなく、スペインのアリカンテに着いたあとも居残って、冬の間ヨットを格納するのを手伝うと言ってくれています。思いがけない喜びです。

 

こうしてあと数日、万事順調に進めば、17日土曜日中にアリカンテに到着できる見込みです。1か月近くにわたった航海もついに終わりを迎えます。


今はジブラルタル海峡を航行中です。つまり、私の記憶によれば、このあたりで私は素っ裸になる約束になっています。今後もブログの更新は続けていきます!

モノクロ写真で撮ったイル・モストロ




モノクロ写真、つまりクルーたち言うところの「芸術写真」を撮っていると、どれがどれだかちょっと区別がつかなくなりそうです。ありがたいことに、ここ数日、海はとても穏やかで、珍しく軽い追い風を受けています。けれど、デッキ上が静かになると、かえって落ち着かなくなる者もいて、最後の写真でご覧いただけるとおり、霧の中ケーシーはフランスへ向かって敬礼していました。現在、私たちはポルトガルでクルーの入れ替えをしています。Middle Sea Raceに出場するマイク・パメンターとアンドリュー・ケイプには、残された時間が少ないため、最後まで航海をともにすることができません。幸いにも、プーマ・オーシャン・レーシング・チームの元セールメーカー、トム・ゴールと彼の仲間が乗船してふたりの穴を埋めてくれることになっています。ジブラルタル海峡を抜けてアリカンテへ向かう最後の数百マイルは、イル・モストロにとって面白い体験となるでしょう。

1年前


1年と2日前、私たちは世界を巡る航海の旅を始めました。あれから1年が過ぎ、全員無事に戻ってきました。航海中の写真をいくつかご覧ください。

ケイプの日記


スペインのアリカンテで第1レグがスタートしてから1年を経たいま、私はイル モストロに戻り、すべての始まりの地に再び向かおうとしています。航海日誌では、2008年4月に出港してから56,400海里を航海した記録を目にすることができますが、そのうち48,000海里以上はレーススタート時点からの記録です。かなりの長丁場でしたが、さまざまな条件を考えれば、すばらしい結果を得られたと言えます。航海の全航程における幸せな時間のことはこれからもずっと忘れませんし、幸せでなかったことは忘れるよう努めたいと思います。

 

航海は現在、バルト海、北海、イギリス海峡、ビスケー湾という(非常に危険性の高い)注意を要する海域をトラブルなく通過したところで、私たちは安堵の胸をなでおろしているところです。スウェーデンに戻ってヨットに乗りこみ、レース中の楽しい思い出話に花を咲かせるのはすばらしいひとときでしたが、冷えこみが厳しくなると、さすがにもう出発する潮時でした。かの地では今ごろ雪が降っているでしょう。追い風に乗ってポルトガル沿岸を南下するのは快適な気分です。次の難所は、船の往来が激しいジブラルタル海峡です。その後、地中海を300海里進めば、すべての始まりの地に到着します。

新たなルール


ボルボは、2011~12シーズンの新たなレースルールとレース公示を発表しました。

 

2009年10月9日、イングランドのポーツマスで、「ボルボ オープン70ルール」の改定版とレース公示が発表されました。これは、第11回ボルボ・オーシャン・レースにおいてレースを向上させるための変更事項を確認するものです。レースは、新拠点となるスペインのアリカンテから2011年秋にスタートします。

 

今回の変更は、テクニカルの専門家のケン・マッカルパイン(ボルボ オープン70ルール)とルールの専門家のビル・エジャートン(レース公示)が率いるルール管理グループが、過去の出場者と協議し、過去12か月にわたって大がかりな分析を行った結果によるものです。

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